Wire(ワイアー)のレコードガイド|おすすめ盤と選び方¶
1976年にロンドンで結成されたWire(ワイアー)は、パンクの衝動を出発点としながら、わずか数年でその枠組みを大胆に解体し、ポストパンク、ニューウェイヴ、さらにはミニマリズムやエレクトロニック・ミュージックの領域まで踏み込んだ稀有なバンドです。3枚のアルバムに凝縮された初期三部作は、後のインディーロックやオルタナティブ・ミュージックに計り知れない影響を与えました。R.E.M.、Elastica、Minor Threat、My Bloody Valentineなど、Wireから影響を受けたアーティストは枚挙にいとまがありません。この記事では、Wireのレコードをこれから集めたい方に向けて、バンドの概要からおすすめアルバム、オリジナル盤の見分け方、中古盤選びのポイントまで、実践的な情報をお届けします。
Wireとは?バンドの概要¶
Wireは、Colin Newman(ボーカル・ギター)、Graham Lewis(ベース・ボーカル)、Bruce Gilbert(ギター)、Robert Grey(ドラム、初期はRobert Gotobed名義)の4人によって1976年にロンドンで結成されました。結成当初はパンクの文脈で語られることが多かったものの、彼らの本質はパンクのエネルギーを借りながらもその形式に縛られない、徹底して前衛的な姿勢にありました。
デビューアルバム『Pink Flag』(1977年)は、21曲をわずか35分に詰め込んだ異色作で、パンクの攻撃性を保ちながらも極端にそぎ落とされた楽曲構造が特徴です。曲の多くは1分未満で終わり、ヴァースとコーラスという従来のポップソングの形式を意図的に回避しています。続く『Chairs Missing』(1978年)では、シンセサイザーやテープ・エフェクトを導入してサウンドの幅を広げ、プロデューサーのMike Thorneとともに実験的なスタジオワークを展開しました。そして『154』(1979年)では、複雑な楽曲構造とアンビエント的な音響処理を融合させ、ポストパンクの到達点ともいえる作品を完成させました。
この初期三部作は、それぞれが明確に異なるサウンドを持ちながら、アルバムごとに急速な進化を遂げたことで知られています。3枚のアルバムをわずか2年で発表した後、Wireは1980年に活動を休止します。各メンバーはソロプロジェクトや実験的な活動に取り組み、Colin Newmanはソロアルバムを発表、Bruce GilbertとGraham Lewisは「Dome」「Duet Emmo」といったユニットで電子音楽を探求しました。
1985年に再結成を果たしたWireは、『The Ideal Copy』(1987年)でMute Recordsから復帰。シンセサイザーとドラムマシンを前面に押し出したエレクトロニック色の強いサウンドに転向し、初期とはまったく異なる音楽性を打ち出しました。その後もメンバーの脱退と復帰を経ながら、2000年代以降も精力的にアルバムをリリースし続け、半世紀近いキャリアを通じて常に新しい表現を追い求めています。Wireは「進化し続けること」自体をアイデンティティとするバンドであり、過去の成功に安住しない姿勢こそが、彼らが今もなおリスペクトされ続ける理由です。
おすすめアルバム5選¶
1. Pink Flag(1977年)¶
Wireのデビューアルバムにして、パンク/ポストパンクの歴史を語る上で欠かせない一枚です。Harvest Recordsからリリースされ、カタログナンバーはSHSP 4076(UK盤)。全21曲、約35分という構成は当時としても異例で、1分に満たない楽曲が次々と展開されます。「Reuters」「12XU」「Three Girl Rhumba」「Fragile」といった楽曲は、ハードコア・パンクやインディーロックの原型として後続のバンドに多大な影響を与えました。特に「12XU」はMinor Threatにカバーされ、「Three Girl Rhumba」のリフはElasticaの「Connection」の元ネタとしても知られています。プロデューサーのMike Thorneによる端正な録音が、粗暴になりがちなパンク・サウンドに知的な輪郭を与えています。ピンクの旗が描かれたミニマルなジャケットは、バンドの美学を端的に示しています。
2. Chairs Missing(1978年)¶
2ndアルバムは、デビュー作からわずか半年後にリリースされました。カタログナンバーはSHSP 4093(UK盤)。前作のパンク的なスピードと簡潔さを残しつつ、シンセサイザー、テープ・ループ、エコーなどのスタジオ技法を積極的に導入し、サウンドの奥行きを大幅に拡張しています。「I Am the Fly」のミニマルで不穏なグルーヴ、「Outdoor Miner」の透明感あるメロディ、「Mercy」の美しいコーラスワークなど、表現の幅が格段に広がりました。「Outdoor Miner」はシングルカットされ、UKチャートにもランクインしています。ポストパンクの方向性を決定づけた重要作であり、初期三部作の中でも最もバランスの取れたアルバムとして評価が高い一枚です。
3. 154(1979年)¶
初期三部作の完結編であり、Wireの芸術性が頂点に達した作品です。カタログナンバーはSHSP 4105(UK盤)。タイトルの「154」は、バンドがこの時点までに行ったライブの通算回数に由来します。「A Touching Display」「Map Ref. 41°N 93°W」「The 15th」など、楽曲はより複雑かつ構築的になり、アンビエント的な静けさとポストパンクの緊張感が見事に共存しています。Mike Thorneのプロダクションはさらに洗練され、空間的な広がりと細部のテクスチャーが際立ちます。初期三部作の中で最もプログレッシブな作品であり、Joy Division、Cocteau Twins、さらにはポストロックへの道筋を示唆する先見性に満ちたアルバムです。本作を最後にバンドは一度活動を休止しました。
4. The Ideal Copy(1987年)¶
約7年の空白を経てMute Recordsから発表された復帰作で、カタログナンバーはSTUMM 42(UK盤)。初期三部作とは大きく趣が異なり、シンセサイザーとドラムマシンを全面的に採用したエレクトロニック・ポストパンクに転向しています。「Ahead」「Ambitious」といった楽曲は、冷徹でありながらキャッチーなメロディを持ち、ニューウェイヴの洗練さとWireならではの知性が融合しています。Depeche ModeやNew Orderが切り拓いたエレクトロニック・ポップの文脈で聴くこともできますが、Wireは決してトレンドに追従したわけではなく、独自の論理でサウンドを再構築している点が重要です。再結成後のWireを知る入口として最適なアルバムといえます。
5. A Bell Is a Cup... Until It Is Struck(1988年)¶
復帰後2作目で、カタログナンバーはSTUMM 54(UK盤)。前作よりもバンド・サウンドの要素が回復し、エレクトロニクスとオーガニックな演奏が絶妙なバランスで調和しています。「Silk Skin Paws」はUKインディーチャートでヒットし、Wireのキャリアの中でも特にポップな瞬間を捉えた楽曲です。アルバム全体を通じて、メロディの豊かさとプロダクションの繊細さが際立ち、初期の実験性と再結成後の成熟が融合した作品となっています。初期三部作のファンにも、後期Wireの入門としてもおすすめできる一枚です。
オリジナル盤の見分け方¶
Wireのレコードを集める際には、時期によってリリース元のレーベルが異なる点に注意が必要です。初期三部作はEMI傘下のHarvest Recordsから、再結成後の作品はMute Recordsからリリースされています。
Harvest Records盤(初期三部作)
UKオリジナル盤を見分けるには、まずレーベル面のデザインを確認してください。Harvest Recordsの1970年代後半のレーベルは、グリーンを基調としたデザインで中央にHarvestのロゴが配置されています。カタログナンバーは、Pink FlagがSHSP 4076、Chairs MissingがSHSP 4093、154がSHSP 4105です。
マトリクスナンバー(ランアウトグルーブに刻まれた番号)も重要な手がかりです。UKファーストプレスには、手書き風の刻印やマスタリング・エンジニアのイニシャルが含まれていることがあります。Pink Flagの初版にはマトリクスに「SHSP 4076 A-2U」などの刻印が見られます。
ジャケットの印刷品質にも注目してください。初版はEMI系列の工場で丁寧に印刷されており、後年の再発盤とは紙質や色の発色が異なります。特にPink Flagのジャケットは、オリジナル盤ではピンクの色味がより鮮やかで、テクスチャーにも微妙な違いがあります。
Mute Records盤(再結成後)
The Ideal Copy以降の作品はMute Recordsからリリースされています。Muteのオリジナル盤は、レーベル面にMuteのロゴとSTUMMナンバーが記載されています。初回プレスと再プレスの区別には、マトリクスナンバーの末尾やプレス工場の刻印を確認するのが有効です。
各国盤の違い
Wireのアルバムは、UK盤のほかにUS盤、ヨーロッパ各国盤、日本盤なども存在します。US盤はWarner Bros.やRestless Recordsなど異なるレーベルから配給されていることがあり、カタログナンバーやジャケットのデザインが異なる場合があります。日本盤には帯(Obi)が付属しており、帯付き完品はコレクターの間で高い価値を持ちます。
中古レコードの選び方と注意点¶
Wireのレコードを中古市場で探す際に押さえておきたいポイントを整理します。
盤の状態を最優先する
Wireの初期三部作は1970年代後半のプレスであり、45年以上が経過しています。盤面のスクラッチやジャケットの経年劣化は避けられませんが、少なくともVG+以上の状態を目安にしましょう。特にPink Flagは曲間の短いギャップに針音が乗りやすい構造のため、盤質が良好なものを選ぶことが重要です。可能であれば、購入前に試聴させてもらうか、信頼できる販売者のグレーディングを参考にしてください。
リイシュー盤も選択肢に入れる
初期三部作は何度も再発されており、特に近年の180gヴァイナル盤はオリジナル・マスターテープからリマスタリングされた高音質盤が出ています。オリジナル盤にこだわらなければ、リイシュー盤はコストパフォーマンスに優れた選択肢です。ただし、リイシューによって音質の印象が異なることもあるため、Discogsなどでレビューを確認してから購入するのが安心です。
価格相場を把握する
UKオリジナル盤のPink Flagは、状態が良ければ数千円から1万円台後半で取引されることが多く、Chairs Missingや154も同様の価格帯です。ただし、帯付きの日本盤や、プロモーション盤、テスト・プレスなどはさらに高額になる場合があります。一方、再結成後のMute盤は比較的入手しやすく、数千円以内で見つかることも珍しくありません。
海賊盤・ブートレグに注意する
Wire自体は海賊盤の対象になることは比較的少ないですが、非公式なコンピレーションやライブ盤が出回ることはあります。購入時には、カタログナンバーやレーベル情報をDiscogsで照合し、公式リリースであることを確認してください。
シングル盤やEPも狙い目
Wireはシングルやコンピレーション向けの楽曲にも名曲が多く、アルバム未収録のトラックも存在します。「Mannequin」「Dot Dash」「Outdoor Miner」などのシングル盤は、コレクションに深みを加えてくれます。特に初期のHarvest盤シングルはプレス数が限られており、コレクターズアイテムとしての価値も高いです。
まとめ¶
Wireは、パンクの精神を起点としながら常に音楽の可能性を押し広げ続けてきた、ポストパンク史上最も革新的なバンドの一つです。わずか2年の間に発表された初期三部作は、それぞれがまったく異なるサウンドを持ちながら、いずれもジャンルの枠組みを更新する画期的な作品でした。再結成後もエレクトロニクスを取り入れた新たな方向性に挑み、半世紀近くにわたって「同じことを繰り返さない」という姿勢を貫いています。
レコードで聴くWireの魅力は、Mike Thorneのプロダクションが生み出す空間性やテクスチャーの繊細さにあります。特に初期三部作は、アナログの溝に刻まれた音の鮮度と立体感が、デジタル音源では得難い体験を提供してくれます。Harvest Recordsのオリジナル盤は年々入手が難しくなっていますが、良質なリイシュー盤も多数存在しますので、まずは気軽にレコードで彼らの音楽に触れてみてください。
一枚ずつアルバムを集めながら、Pink Flagの刺すような衝動から154の静謐な美しさへと至る旅路を追体験する。それこそが、Wireのレコードを集める最大の楽しみです。
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