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Nirvana『In Utero』- 生々しさと痛みを刻んだ最終作

Nirvanaの3rdアルバム『In Utero』は、1993年9月にリリースされた最後のスタジオアルバムです。『Nevermind』の商業的成功に対する反動として、スティーヴ・アルビニを起用したローファイで生々しい録音が特徴の、グランジの真髄を突き詰めた傑作として知られています。

アルバム概要

『Nevermind』が世界的な大ヒットを記録した後、カート・コバーンは商業主義への嫌悪感と自身の芸術性との葛藤を深めていました。メジャーレーベルのDGCとの契約を維持しながらも、よりアンダーグラウンドで実験的なサウンドを追求するため、アルバム制作にはインディーロック界の重鎮プロデューサー、スティーヴ・アルビニを招聘しました。

アルビニのプロダクションスタイルは、過度な加工を避け、バンドの生の演奏をそのまま録音するという哲学に基づいています。ミネソタ州のパシフィカ・スタジオで2週間という短期間で録音されたこのアルバムは、『Nevermind』の洗練されたサウンドとは対照的に、荒々しく生々しい質感を持っています。この音作りは当初レーベル側からの反発を招きましたが、最終的にはバンドの意志が尊重されました。

ただし、シングルカットされた「Heart-Shaped Box」と「All Apologies」については、スコット・リットによる追加プロダクションが施され、よりラジオフレンドリーなミックスとなっています。この妥協点が、アルバム全体の芸術性と商業的な配慮のバランスを象徴しています。

アルバムタイトルの『In Utero』(子宮の中)という言葉が示すように、内省的で痛みに満ちた作品世界が展開されます。生と死、純粋さと汚れ、創造と破壊といった二項対立がテーマとして貫かれており、カート自身の精神状態が色濃く反映された作品となりました。

収録曲の聴きどころ

アルバムは「Serve the Servants」で幕を開けます。この曲はカートの両親の離婚と父親への複雑な感情を歌ったもので、「Teenage angst has paid off well / Now I'm bored and old」という歌詞は、『Nevermind』の成功後の虚無感を率直に表現しています。ノイジーなギターリフと乾いたドラムサウンドが、アルバム全体のトーンを設定します。

「Scentless Apprentice」は、パトリック・ジュースキントの小説『香水』にインスパイアされた楽曲で、デイヴ・グロールとの共作です。重厚なリフと攻撃的なヴォーカルが特徴で、ライブでも人気の高い曲となりました。中盤のブレイクダウンセクションでのカートの叫びは、バンドのエネルギーの頂点を示しています。

「Heart-Shaped Box」はアルバムからのリードシングルで、カートと当時のパートナーであったコートニー・ラヴとの関係を歌ったとされています。ヘヴィなリフとキャッチーなメロディが共存する楽曲で、ミュージックビデオも話題となりました。この曲は商業的な成功を収めながらも、アルバムの持つダークな雰囲気を損なっていません。

「Rape Me」は物議を醸したタイトルながら、メディアや業界による搾取への抗議を歌った曲です。「Smells Like Teen Spirit」を彷彿とさせるコード進行を持ちながら、よりダイレクトで挑発的なメッセージが込められています。ウォルマートなどの大手小売店は、このタイトルを理由にアルバムの販売を拒否しました。

「Dumb」はアコースティックギターとチェロをフィーチャーした美しい楽曲で、「I'm not like them / But I can pretend」という歌詞には、社会への適応と疎外感のテーマが見られます。静謐な雰囲気は、アルバムの中で一時的な安息を提供しています。

「Pennyroyal Tea」は避妊と中絶をテーマにした内省的な曲で、カートのアコースティックギターと低く抑えた歌声が印象的です。ペニーロイヤルというハーブティーは、民間療法として堕胎に使われていたことから、この曲のタイトルとなりました。シングルとしてリリースされる予定でしたが、カートの死により中止されています。

アルバムを締めくくる「All Apologies」は、カートが書いた最も美しい曲のひとつです。「All in all is all we are」という繰り返しのフレーズは、諦念と受容の感情を表現しており、この曲がカートの遺作となったことを思うと、特別な重みを持ちます。MTV Unpluggedでのアコースティックバージョンも広く知られています。

オリジナル盤の特徴

オリジナルのDGC盤『In Utero』は、1993年9月13日に北米でリリースされました(イギリスでは9月14日)。カタログナンバーはDGCD-24536(CD)、DGC-24536(LP)です。ヴァイナル版は180グラムではなく標準的な重量のプレスで、ゲートフォールドジャケット仕様となっています。

ジャケットアートワークは、カートの友人でアーティストのロバート・フィッシャーが制作した解剖学的なコラージュで、表側には透明人間と天使の羽を持つマネキン、裏側には子宮と臓器のイメージが配されています。このグロテスクなビジュアルは、アルバムの持つ身体性と痛みのテーマを視覚化したものです。一部の小売店では、このジャケットが問題視され、修正版が作られました。

マトリクスエリアには「MASTERDISK」の刻印が多く見られ、こちらもボブ・ルートヴィヒによるマスタリングが施されています。スティーヴ・アルビニの録音は、ダイナミックレンジが広く、特に低音域の再現性が高いため、良質なプレスでその真価が発揮されます。初期プレスは音の分離が良く、各楽器の位置関係が明瞭に聞こえるのが特徴です。

内袋には歌詞とクレジットが印刷されており、スタジオミュージシャンとしてチェロ奏者のキーラ・ローシェルの名前も記載されています。また、アルバムの最後には隠しトラック「Gallons of Rubbing Alcohol Flow Through the Strip」が収録されていますが、これはCDと一部のヴァイナル盤にのみ含まれています。

レコード用語集で解説されているように、オリジナルプレスとリイシューの見分け方としては、ラベルのフォントやバーコードの位置、マトリクス刻印の詳細を確認することが重要です。2013年の20周年記念盤は、オリジナルマスターテープからリマスターされ、より重量のあるヴァイナルでプレスされています。

レコードで聴く魅力

『In Utero』をレコードで聴く最大の魅力は、スティーヴ・アルビニが意図した生々しい音響空間を体験できることです。アルビニは過度なコンプレッションやイコライジングを嫌い、スタジオでの演奏をそのまま捉えることを重視します。その結果、デイヴ・グロールのドラムはまるで目の前で叩かれているかのようなリアリティを持ち、カートのギターアンプから出る歪みの質感も生々しく再現されています。

特に「Scentless Apprentice」や「Milk It」のような重厚な楽曲では、低音のうねりと高音のノイズが立体的に聞こえ、デジタル版では失われがちな音の「空気感」が感じられます。クリス・ノヴォセリックのベースラインは、アナログ盤でこそその存在感が際立ち、楽曲全体の土台としての役割が明確になります。

「Heart-Shaped Box」のような比較的ポップな楽曲でも、レコードで聴くとヴァースとコーラスの音圧差がより劇的に感じられます。静かなパートでのギターのクリーントーンから、爆発的なディストーションへの変化が、アナログ特有のダイナミックレンジの広さによって強調されるのです。

また、「All Apologies」のようなメロウな曲では、チェロの繊細な響きやカートの声の微細なニュアンスが、デジタル圧縮によって失われることなく耳に届きます。特にエンディングの「All in all is all we are」の繰り返しが徐々にフェードアウトしていく過程は、アナログ盤で聴くと一層美しく、哀愁を帯びて聞こえます。

レコードで聴くことのもうひとつの意義は、アルバムを「作品」として向き合う時間を持てることです。『In Utero』は、カート・コバーンの苦悩と芸術性が凝縮された重要な作品であり、その重みを感じながら針を落とし、A面からB面へと聴き進める体験は、デジタルストリーミングでは得られない深い没入感をもたらします。

Nirvanaというバンドの歴史を物理的な形で所有することの意味も大きいでしょう。カートの死後、このアルバムは遺作としての側面を持つようになりました。オリジナル盤を手に取ることは、90年代ロックシーンの一時代を追体験することにもつながります。

まとめ

Nirvanaの『In Utero』は、商業的成功の後に芸術的誠実さを貫いた、勇気ある作品です。スティーヴ・アルビニによるローファイな録音は、バンドの生の力を余すことなく捉え、カート・コバーンの内面の葛藤を音として刻み込みました。『Nevermind』が時代を定義したアルバムだとすれば、『In Utero』は時代に抗ったアルバムと言えるでしょう。

DGCオリジナル盤のヴァイナルは、この生々しさを最も直接的に体験できるメディアです。音質の豊かさ、ダイナミックレンジの広さ、そして何よりもバンドが意図したサウンドに最も近い形で音楽を楽しめることが、レコードで聴く最大の価値です。「Heart-Shaped Box」「Rape Me」「All Apologies」といった名曲を、ぜひオリジナルのアナログフォーマットで体験してください。

このアルバムを起点に、Pixiesなど、Nirvanaに影響を与えたバンドや、グランジムーブメント全体を掘り下げていくのもおすすめです。レコード購入ガイドも参考にしながら、90年代オルタナティヴロックの名盤コレクションを充実させていきましょう。


Digital & Analog in Harmony.

テクノロジーとカルチャーの交差点から、共鳴を生み出す。Harmonic Society は、アナログの温もりとデジタルの可能性を掛け合わせ、音楽と文化の新しい体験を届けています。姉妹サイト Harmonic Society Philosophy では古代から現代までの哲学を、Post Web3 ではWeb3・ブロックチェーンの専門分析を発信しています。