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Pixies『Doolittle』- オルタナティヴロックの金字塔

Pixiesの2ndアルバム『Doolittle』は、1989年4月にリリースされ、90年代グランジムーブメントに多大な影響を与えた革命的な作品です。「Debaser」「Monkey Gone to Heaven」といった名曲を収録し、静と動のダイナミクスを完成させた不朽の名盤として知られています。

アルバム概要

『Doolittle』は、Pixiesがインディーレーベルの4ADからリリースした2作目のスタジオアルバムです。前作『Surfer Rosa』(1988)でスティーヴ・アルビニと組んで制作した生々しいサウンドから一転、プロデューサーにギル・ノートンを迎え、より洗練されたプロダクションを志向しました。しかし、洗練されているとはいえ、バンドの持つ攻撃性と奇妙な美しさは損なわれていません。

ギル・ノートンは、イギリス出身のプロデューサーで、4ADレーベルの多くのアーティストを手がけていました。彼のプロダクションは、バンドのエネルギーを保ちながらも、各楽器の分離を良くし、ヴォーカルを明瞭に聞かせることに成功しています。録音はボストンのダウンタウン・レコーダーズで行われ、わずか3週間という短期間で完成しました。

アルバムタイトルの『Doolittle』は、フランク・ブラック(当時はブラック・フランシス名義)が好きだった言葉で、特に深い意味はないとされています。しかし、軽妙な響きとは裏腹に、アルバムの内容は聖書的なイメージ、シュルレアリスム、暴力、セックスといった重いテーマを扱っています。

リリース当初、アメリカではそれほど商業的に成功しませんでしたが、イギリスでは8位にチャートインし、批評家からも絶賛されました。その後、90年代に入りNirvanaのカート・コバーンがPixiesの影響を公言したことで再評価が進み、オルタナティヴロックの金字塔としての地位を確立しました。Rolling Stone誌の「500 Greatest Albums of All Time」にも選出されるなど、今なおその影響力は色褪せていません。

収録曲の聴きどころ

アルバムは「Debaser」で幕を開けます。この曲は、ルイス・ブニュエルの映画『アンダルシアの犬』にインスパイアされた楽曲で、「Slicing up eyeballs」という衝撃的な歌詞で始まります。ジョーイ・サンティアゴの甲高いギターリフと、キム・ディールのベースラインが絡み合い、Pixies独特のサウンドが全開になります。わずか2分52秒という短さながら、圧倒的なエネルギーを放つオープニングです。

「Tame」は、フランクの叫びとキムの穏やかなヴォーカルが交互に現れる構成が特徴です。静かなヴァースから爆発的なコーラスへの展開は、後にNirvanaが「Smells Like Teen Spirit」で完成させるラウド・クワイエット・ラウドの原型となりました。この曲は、Pixiesの音楽的影響力を象徴する一曲と言えるでしょう。

「Wave of Mutilation」は、サーフロック風のリフとダークな歌詞のコントラストが印象的です。家族を連れて車で海に突っ込むという不穏な物語が、美しいメロディに乗せて歌われます。このシュルレアリスティックな歌詞世界は、フランク・ブラックの独特な感性を示しています。

「I Bleed」は、アルバムの中で最もノイジーで攻撃的な楽曲です。ジョーイ・サンティアゴのギターは、まるで悲鳴を上げているかのように歪み、デイヴィッド・ラヴァリングのドラムは容赦なく叩きつけられます。フランクの「As loud as hell」という叫びは、バンドの姿勢そのものを表現しています。

「Here Comes Your Man」は、アルバムの中で最もポップでキャッチーな曲です。1960年代のロックンロールを思わせるメロディと、比較的明るいサウンドが特徴で、シングルカットされてMTVでも放送されました。しかし、歌詞はホームレスや移民労働者をテーマにしており、表面的な明るさの裏に社会的なメッセージが込められています。

「Monkey Gone to Heaven」は、アルバムを代表する楽曲で、環境破壊と宗教的イメージを融合させた歌詞が特徴です。「If man is 5, then the devil is 6, and God is 7」という象徴的なフレーズは、数秘術的な意味合いを持ちます。チェロとヴァイオリンをフィーチャーしたアレンジも印象的で、Pixiesの音楽的幅広さを示しています。

「Mr. Grieves」は、フランクとキムのヴォーカルハーモニーが美しい楽曲で、アコースティックギターも使用されています。一見穏やかな曲調ですが、歌詞は死と喪失をテーマにしており、Pixies特有の明暗のコントラストが表現されています。

「Crackity Jones」は、フランクの大学時代のプエルトリコ人ルームメイトについて歌った楽曲で、スペイン語のフレーズも織り交ぜられています。1分25秒という短さながら、パンクロック的なスピード感と攻撃性が凝縮されています。

「La La Love You」は、ドラマーのデイヴィッド・ラヴァリングがリードヴォーカルを取る唯一の曲です。ドゥーワップ調の甘いメロディと、ややぎこちないヴォーカルが微笑ましく、アルバムに独特の色彩を加えています。

アルバムを締めくくる「Gouge Away」は、聖書のサムソンとデリラの物語をテーマにした激しい楽曲です。フランクの叫びとジョーイの切り裂くようなギターが一体となって、アルバム全体を力強く閉じます。この曲の後の静寂が、聴き手に深い余韻を残します。

オリジナル盤の特徴

オリジナルの4AD UK盤『Doolittle』は、1989年4月17日にリリースされました。カタログナンバーはCAD 905(LP)、CAD 905CD(CD)です。ヴァイナル版は標準的な重量のプレスで、シングルジャケット仕様となっています。ジャケットデザインは、サイモン・ラーバリエールとヴォーン・オリヴァーによるもので、猿のイラストが特徴的です。このシュルレアリスティックなアートワークは、アルバムの奇妙で美しい音楽性を視覚化しています。

4ADレーベルは、アートワークへのこだわりで知られるインディーレーベルで、その美学は『Doolittle』のジャケットにも反映されています。内袋には歌詞が印刷されており、フランク・ブラックの独特な詩的世界を文字で追うことができます。

マトリクスエリアには「TOWNHOUSE」の刻印が見られることがあり、これはロンドンの名門スタジオでカッティングされたことを示しています。UK盤の初期プレスは、音の分離が良く、特にジョーイ・サンティアゴのギターの高音の切れ味とキム・ディールのベースの低音の厚みが際立っています。

アメリカでは、Elektra Recordsから同年にリリースされました(カタログナンバー: 9 60856-1)。US盤もマスタリングは同じですが、プレス工場が異なるため、微妙な音質の違いがあります。一般的には、UK盤の方がダイナミックレンジが広く、音質面で優れているとされています。

レコード用語集で解説されているように、オリジナル盤の見分け方としては、ラベルデザイン、バーコードの位置、マトリクス刻印を確認することが重要です。2009年にはリマスター盤がリリースされ、2018年には30周年記念盤も発売されましたが、音質面では初期プレスのオリジナル盤が最も評価が高いという意見が多数です。

レコードで聴く魅力

『Doolittle』をレコードで聴く最大の魅力は、Pixies独特の音楽的ダイナミクスを余すことなく体験できることです。静かなヴァースから爆発的なコーラスへの移行は、アナログ盤で聴くとその落差がより劇的に感じられます。デジタル版ではコンプレッションによって圧縮されがちな音の空間性が、アナログ盤では豊かに再現されるのです。

フランク・ブラック(ブラック・フランシス)のヴォーカルは、囁くような静かな歌唱から、腹の底から絞り出すようなシャウトまで幅広く、この多様性がアナログ盤ではより生々しく聞こえます。「I Bleed」や「Debaser」のような激しい曲では、叫びの迫力が身体に響き、「Monkey Gone to Heaven」のような静かな曲では、声の繊細なニュアンスが耳に届きます。

ジョーイ・サンティアゴのギターサウンドは、Pixiesの音楽の重要な要素です。彼の独特なギタートーンは、クリーンからディストーションまで幅広く、しばしば「美しいノイズ」と表現されます。アナログ盤で聴くと、このギターの音色の変化が明瞭に聞こえ、各曲での役割が際立ちます。特に「Tame」のリフの切れ味や、「Wave of Mutilation」のサーフロック風のトーンは、レコードで聴くとその真価が発揮されます。

キム・ディールのベースラインも、アナログ盤で聴くと存在感が増します。彼女のベースは、単なる低音の土台ではなく、メロディラインとしての役割も果たしており、「Debaser」や「Here Comes Your Man」ではそのグルーヴが楽曲全体を支えています。良質なアナログプレスでは、ベースの各音符が明瞭に聞こえ、音楽全体の立体感が増します。

デイヴィッド・ラヴァリングのドラムは、テクニカルでありながらもパワフルで、Pixiesのサウンドに欠かせない要素です。アナログ盤で聴くと、キックドラムの「ドン」という重低音、スネアの「パン」という乾いた音、シンバルの「シャーン」という金属的な響き、これらが空間的に配置されて聞こえることで、ドラムキット全体の存在感が増します。

また、「Monkey Gone to Heaven」でフィーチャーされるチェロとヴァイオリンの繊細な響きも、アナログ盤ならではの温かみを持って再現されます。デジタルではときに冷たく感じられる弦楽器の音色が、レコードでは有機的で温かみのあるサウンドとして耳に届くのです。

Pixiesというバンドの音楽的革新性を、オリジナルのアナログフォーマットで聴くことは、80年代後半から90年代にかけてのオルタナティヴロックの歴史を体験することにつながります。レコード購入ガイドも参考にしながら、インディーロックの名盤コレクションを充実させていきましょう。

まとめ

Pixiesの『Doolittle』は、オルタナティヴロックというジャンルを定義した作品のひとつです。静と動のダイナミクス、シュルレアリスティックな歌詞世界、そして美しさと攻撃性が共存するサウンドは、Nirvanaをはじめとする90年代のバンドに計り知れない影響を与えました。この1枚のアルバムが、ロック音楽の歴史を変えたと言っても過言ではありません。

4AD UK盤オリジナルのヴァイナルは、この革命的な音楽を最も生々しい形で体験できるメディアです。音質の豊かさ、ダイナミックレンジの広さ、そして何よりも「Debaser」「Monkey Gone to Heaven」「Here Comes Your Man」といった名曲を、バンドが意図した形で体験できることが最大の価値です。

このアルバムを起点に、NirvanaRadioheadなど、Pixiesに影響を受けたバンドの作品を掘り下げていくのもおすすめです。オルタナティヴロックの豊穣な系譜が、あなたを待っています。


Digital & Analog in Harmony.

テクノロジーとカルチャーの交差点から、共鳴を生み出す。Harmonic Society は、アナログの温もりとデジタルの可能性を掛け合わせ、音楽と文化の新しい体験を届けています。姉妹サイト Harmonic Society Philosophy では古代から現代までの哲学を、Post Web3 ではWeb3・ブロックチェーンの専門分析を発信しています。