Ride『Nowhere』- シューゲイザーの夜明け、Creation UK盤の輝き¶
Rideが1990年にリリースしたデビューアルバム『Nowhere』は、シューゲイザームーブメントの始まりを告げる歴史的な一枚です。若きバンドの野心と才能が結実した本作は、轟音ギターとポップセンスの完璧な融合により、今なお多くのアーティストに影響を与え続けています。
アルバム概要¶
オックスフォード出身の4人組バンド、Rideは1988年に結成され、わずか2年後の1990年10月に早くもデビューアルバムをリリースしました。当時、メンバーは全員が20歳前後という若さでしたが、その音楽性は驚くほど成熟していました。プロデューサーにはCreation RecordsのハウスエンジニアであったMarc Watermanを迎え、バンドのエネルギーを余すところなく収録しています。
アルバムタイトルの『Nowhere』は、バンドの音楽が持つ浮遊感と方向性の定まらない夢想的な性質を暗示しています。しかし同時に、「どこでもない場所」から「どこへでも行ける」という可能性の感覚も内包しており、若いバンドの野心を象徴するタイトルとも言えるでしょう。
本作がリリースされた1990年は、シューゲイザーという用語が音楽メディアで使われ始めた時期と重なります。My Bloody Valentineの『Isn't Anything』(1988年)に続く形で、Rideは新しい音楽の波の最前線に立つことになりました。Creation Recordsのアラン・マッギーは、このムーブメントを積極的に支援し、レーベルのアイデンティティの一部としました。
『Nowhere』に先立ち、Rideは3枚のEP『Ride EP』『Play EP』『Fall EP』をリリースしており、いずれもUKインディーチャートで上位にランクインする成功を収めていました。これらのEPで確立したサウンドを発展させる形で制作された本作は、商業的にもUKアルバムチャートで11位を記録し、インディーバンドとしては異例のヒットとなりました。
収録曲の聴きどころ¶
アルバムは「Seagull」の印象的なギターフレーズで始まります。マーク・ガードナーとアンディ・ベルによるツインギターが織りなすハーモニーは、既にこの時点でバンドの個性を明確に提示しています。歌詞は抽象的でありながら、青春の焦燥感や不安定さを繊細に描き出しており、若者の心情に深く共鳴します。イントロのギターリフは一度聴いたら忘れられない印象を残し、Rideのシグネチャーサウンドの一つとなりました。
「Kaleidoscope」では、サイケデリックな要素が前面に出てきます。この曲はバンドの60年代ロックへの傾倒を示しており、The ByrdsやThe Beatlesの影響が感じられます。しかし、その音響処理は完全に現代的であり、過去への敬意と革新性が見事に両立しています。
アルバム最大のハイライトは、間違いなく「Vapour Trail」です。この曲は後にRideの代表曲となり、シューゲイザーというジャンル全体を象徴する名曲の一つとなりました。イントロのジャングルなギターサウンドから始まり、アンディ・ベルの叙情的なベースライン、そしてマーク・ガードナーの甘く切ないヴォーカルが完璧に調和します。歌詞は愛と喪失について歌っていますが、その普遍性が時代を超えた共感を呼びます。
ローレンス・コルバートのドラミングは、シューゲイザーバンドとしては珍しく、タイトでダイナミックです。特に「Dreams Burn Down」では、その力強さが全面に出ており、バンドにソリッドなバックボーンを提供しています。この曲の激しいギターリフと疾走感は、Rideがただの夢見るバンドではなく、力強いロックバンドでもあることを証明しています。
「Decay」は、より実験的なアプローチを示す楽曲で、ノイズとメロディのバランスが絶妙です。中間部の展開は予測不可能で、バンドの創造性の幅を示しています。
「Paralysed」はアルバムの中でも特に轟音志向の強い曲で、ギターのフィードバックノイズが前面に押し出されています。しかし、その中にもしっかりとしたメロディラインが存在し、カオスとコントロールのバランスが保たれています。
クロージング曲「Vapour Trail」(リプライズ版として配置されることもある)は、アルバムを穏やかに締めくくります。全体を通して、『Nowhere』は若さゆえの勢いと、驚くほど成熟した音楽性が共存する、奇跡的なバランスを持った作品となっています。
オリジナル盤の特徴¶
Creation Records UK盤は、レーベル番号CRELP076で識別できます。ジャケットデザインは、ぼやけた都市の夜景写真が使用されており、アルバムタイトル『Nowhere』の雰囲気を完璧に表現しています。この写真はマーク・ガードナーが撮影したもので、バンドのビジュアルアイデンティティ確立にも貢献しました。
内ジャケットにはバンドメンバーの写真と歌詞が掲載されており、当時のバンドの若々しい姿を確認できます。印刷品質も良好で、Creation Recordsの美学が反映されています。
プレス品質については、初回UK盤は一般的に良好な評価を得ています。音溝の刻みも深く、ダイナミクスが豊かに再現されています。ただし、激しい曲が多いため、盤面の状態が音質に大きく影響します。コレクションに加える際は、盤面の状態を慎重に確認することをお勧めします。
マトリクス番号の確認により、どのプレス工場で製造されたかを特定できます。初回プレスのマトリクスコードは特定の価値を持つため、オリジナル盤を探す際の重要な指標となります。
1991年には米国でもSireレーベルからリリースされましたが、ジャケットデザインが若干異なっており、また収録曲の順番も一部変更されています。UK盤はバンドが意図したオリジナルの形態であり、コレクターにはこちらが推奨されます。
また、本作は後年、2001年と2015年に拡張版として再発されており、ボーナストラックやリマスター音源が追加されています。しかし、オリジナル盤が持つ生々しさと時代性は、やはり代えがたい魅力です。
レコードで聴く魅力¶
『Nowhere』をレコードで聴く体験は、CDやストリーミングでは得られない特別なものです。特にこのアルバムのような、ギターの音響的なテクスチャーが重要な作品では、アナログ盤の温かみと奥行きが真価を発揮します。
「Vapour Trail」のイントロのギターサウンドは、レコード針を通すことで、さらに立体的で有機的な響きを獲得します。ジャングルなギターの重なり合いが、アナログならではの音場の広がりの中で、より豊かに展開されるのです。デジタルフォーマットでは時に平面的に聞こえる多層的なギタートラックも、アナログでは適切な距離感と位置関係を保ちながら再現されます。
「Dreams Burn Down」の激しいドラムとベースのグルーヴも、レコードのダイナミックレンジによって、より力強く迫力を持って迫ってきます。特にローレンス・コルバートのドラムの打撃感は、アナログの物理的な再生プロセスによって、より生々しく伝わります。
アルバム全体のダイナミクスの幅も、レコードで聴くことで最大限に活かされます。静かなパッセージから爆発的な轟音パートへの移行が、適切なセットアップのターンテーブルでは、スリリングな体験として味わえます。
LP片面ごとに針を落とす行為も、アルバムの構成を意識する機会を提供します。A面とB面の間に生まれる小さな休止が、音楽体験に呼吸を与え、作品全体のリズムを作り出します。この「間」の存在が、ストリーミング時代にはないリスニング体験の豊かさをもたらします。
また、Creation RecordsのUK盤には、レーベル特有の音作りの哲学が反映されており、それはアナログ盤で最も忠実に再現されています。ケヴィン・シールズやアラン・マッギーらが追求した、英国インディーロックの理想的なサウンドを、オリジナルフォーマットで体験することには大きな意味があります。
まとめ¶
Rideの『Nowhere』は、若きバンドが時代の波頭に立ち、新しい音楽の可能性を切り開いた瞬間を捉えた歴史的作品です。シューゲイザーというムーブメントの中でも、最もポップでアクセシブルな魅力を持った一枚であり、同時に音響的な実験性も高い水準で達成しています。
「Vapour Trail」という永遠の名曲を含む本作は、1990年代ロックの必聴盤として、あらゆるコレクションに加えるべき価値を持っています。Rideの音楽が示した、ノイズとメロディの調和、轟音とポップセンスの共存という美学は、今なお新しい世代のアーティストにインスピレーションを与え続けています。
Creation Records UK盤のオリジナルプレスは、サウンド、アートワーク、そして歴史的価値のすべての面で、所有する価値のある逸品です。幸い、My Bloody Valentineの『Loveless』ほどの高騰はしていないため、比較的入手しやすい名盤と言えるでしょう。
レコードという物理メディアで『Nowhere』を体験することは、1990年という特別な時代の空気を感じ取る旅でもあります。若さの衝動、創造性の爆発、そして未来への希望に満ちた音楽を、ぜひターンテーブルの上で回して、その輝きを全身で感じてください。
Digital & Analog in Harmony.
テクノロジーとカルチャーの交差点から、共鳴を生み出す。Harmonic Society は、アナログの温もりとデジタルの可能性を掛け合わせ、音楽と文化の新しい体験を届けています。姉妹サイト Harmonic Society Philosophy では古代から現代までの哲学を、Post Web3 ではWeb3・ブロックチェーンの専門分析を発信しています。